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 プレクトラム音楽の思い出と夢

S.39年度入学 教育学部 中島勝雄

 プレクトラムとは指先や爪、ピック、撥で、ギターやマンドリン、琴(十三弦や十七弦)、三味線(三弦)、ハープなどの楽器の弦を弾いて音を出すことで、これらの弦楽器をプレクトラム楽器(撥弦楽器)という。

 前半の三つの楽器は、フレットがあって、音階が容易にわかり、初心者向きである。といっても、、ギターは弦が多く、和音の押さえ方も難しいが、独奏楽器としては、音が柔らかくて、響きがよく奥行きが深く、ピアノが楽器の王なら、ギターは女王といわれる。

 

 明治大学マンドリンクラブ出身の古賀政男氏や、慶應義塾マンドリンクラブ出身の服部 正 氏は、ギターやマンドリンのための楽曲の作曲家としても有名である。

 外国人では、ベートーベンやモーツァルトもマンドリンのための小品を作曲している。

 

 私は、学生時代と教職時代の初めの頃に、マンドリン・ギタークラブに所属し、この楽器を弾いた経緯がある。

 学生時代は、殆どがクラブ中心の生活で、プレクトラム音楽に熱中し、青春を謳歌した。定期演奏会前の毎日の練習や強化合宿、チケット販売や広告とり、演奏会場の遷喬小学校講堂における当日の椅子並べや看板の取り付けなど、全て学生の手作りの演奏会は懐かしい思い出である。

 また、下宿参りと称して、先輩のみならず同輩や後輩の住まいをよく巡回した。

 夜遅くまで(時には朝まで、雑魚寝になりながら)有難い話(人生観・恋愛談多し)を聞いたり、レコードや楽器演奏を聴いた。

 今でも「愛のロマンス」、「アルハンブラ宮殿の思い出」、「アストリアス」、「モーツァルトの主題による変奏曲」※などの名曲(迷曲?)を感動するほどに上手に弾かれた人を覚えている。

 録音すればよかったが、現在は J.ウィリアムズや H.ゴンザレスが弾く同名のCDを聴いている。 

 

 ところで、下宿参りのお陰で鳥取の街の隅々まで知ることができた。歓楽街の弥生町、下宿街の吉方、大杙、立川、国府、坊垣、卯垣、馬場、湖山に、遠方の吉岡温泉、若桜、八頭、青谷など、そして、倉吉、関金、米子、兵庫県香住、奈良、長崎、佐世保への旅へと発展するのであった。

 

 物持ちのよい(不要物の整理・処分が下手な?)私は、現在もかって使用した楽器やピック、教則本、楽譜、音源、プログラム、機関誌など、大切に保管している。

 TMC資料館ができれば寄付しようと思っている。

 

 社会人になってからは、大阪のマンドリンアンサンブル団体に入り、施設の慰問演奏や公民館などの巡回演奏を主とした活動をした。

 楽譜探しに大阪市北区のササヤ書店にもよく通った。

 

 最近は、プレクトラム音楽は専ら聴くことが多く、近くの米子や松江の社会人団体の定演を聴きに出掛けたり、鳥取大マンドリンクラブ(TMC)や熊本マンドリン協会や福岡シンフォニックマンドリンアンサンブルや岡山プレクトラム室内合奏団の定演CDを聴いている。

 

 退職してからは、余程大雪や大風など天候がひどくない限り帰鳥して、TMCの定演を聴いた後、鳥取名産の蟹や辣韭を肴にして、舌鼓を打ちながら地酒をいただくことが楽しみとなっている。

 かって三弦を習っておられた方と知り合ってからは邦楽にも興味を持ち、邦楽演奏会にも出掛けている。

 ところで、島根県の高校や大学にはギタークラブや邦楽器はあってもマンドリンクラブはないので、必然県内での演奏会も少ない。

 

 そして、音楽は聴くのも楽しいが、歌ったり数人で演奏するのはもっと楽しいものだ。

 そこでプレクトラム音楽好きが集まって、アンサンブルを立ち上げ、演奏会を開催したいという夢を持っている。

 いつかまた、三朝や鳥取砂丘で合宿をしたり、慰問演奏などができればと思う。

 また、プレクトラム楽器が奏でる音色と調和(ハーモニー)の美を追求すると共に湧き出ずる思いを旋律(メロディー)にしたい夢も実現したい。

 いつか「丘を越えて」や「影を慕いて」や「千の風になって」のようは歌も創りたい。

(2010.1.2の初夢)

 

多くの作曲家による曲がある。ソル作曲の同変奏曲 / ギター:Narciso Yepes(1927/11/14-1997/5/3)& 同イエペス演奏の 禁じられた遊び

出典:TMC 創立50周年記念OB会 記念誌 22頁

同郷(平田市)、出雲弁の故 中島勝雄さんの玉稿を、TMC-OB会(OG/OB会)65周年の集いの前に、読み返す機会に恵まれました。(PCにワープロ入力をしつつ)初めて熟読し、学生時代や退職後の生活について読み、お人柄を偲びつつ、自身の学生時代に重ねました。自身は、約40年、プレクトラム音楽には関心がなく、クラシック音楽に傾倒し、今なお研修を重ねている身です。

 が、鳥大S.45年入学のTMC仲間、同時期に在学していた先輩・後輩諸氏には、自身の人格形成において、影響を受けた事実に感謝しています。

 

 とくにS.45入学仲間とは、今日ならではの LINE トークグループに13人が集い、対面でも半世紀を経て、6人、4人が演奏会、オペラを視聴し、散策懇親会重ねました。そして、2024/12/22 鳥取に8人が集います。 

 大分、戸畑、美祢、岐阜、大阪、兵庫と・・・。一方、介護やご自身の健康の理由での欠席者があり、さらに、入学3年目のTMC主役の学年となった際(S.48年)に、外渉などの責務を担ってくれた二人の現状が不明です。また、途中で退部した同期生もいます。

 今後も、機会を得て、連絡が取れること、対面での再会が適うことを願います。何よりも、どこで日々生活しようと、各々の心身の健康維持を願うばかりです。

 中島勝雄様のご冥福をお祈りいたします。

 拙文を後書き的に書き綴りました。

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